2006年12月29日

■年末に向けて

2006年もそろそろ終わろうとしています。

今年は私にとってはNotes/Dominoな世界に少し戻ってきた年だったような。
このブログもはじめたし。
後半になって仕事の忙しさにかまけて更新がおろそかになってしまいました。そういう意味では私の中ではINPUTの時間だったのだと割り切っています。
来年に向けて少しずつOUTPUTしていけたらいいな。
徐々に加速できるようにしたいです。

最近の私のマイブームは「LifeHack」「GTD」と言ったストレスなく、
仕事を楽しく進めましょうというアプローチ。
ちょっとした工夫で生産性をあげたり、無駄をそぎ落としたり、便利なツールを使って毎日の仕事にそれを活かす。
この考え方を実践するのに、Notesってとっても利用価値が高いのでは、と
自分では考えています。
少しずつ自分ではNotesやその他のツールを使って実践しているところなので
みなさんにも紹介していきたいですね。

来年は待ちにまったHannoverが出てきます。
まだまだ実体は見えないけれど、私はとっても期待して、楽しみにしてます。そういう意味では来年になるのが待ち遠しいかな。

今年、ここを訪れてくれたみなさん、ありがとうございました。
そして、また来年もよろしくお願いします。
みなさんにとっても新しい一年が実り多い一年になりますように。
posted by せりあ at 15:52| Comment(2) | TrackBack(0) | MISC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月12日

■何が私をここに留まらせるか-続き

私には仕事をする上で大事にしていることがある。
それは相手に信頼してもらえるか、そして信頼できるかという部分。

私の場合、インストラクターだった頃、そしてSEやプロマネとして
Notes/Dominoに関わってきて、いつもいろんな場面で誰かに助けられてきた。
たくさんの失敗もあったし、直接、お客様に迷惑をかけてしまったこともある。
それでも、この世界で仕事をしたいと思ったり、この世界の人と関わっていたいと思うのはここにある人の輪の心地よさがそう思わせたのではないかと思っている。

確かにNotes/Dominoを盲目的に好きでいることは問題があるかもしれない。
だけど他のソフトウェアも扱う中で利点も欠点もある程度分かっている。
そして、私ですらすべての場面でNotesを押している訳ではなく、
場面に応じて、提案を変えていくし、場合によってはNotesを諦める選択をすることもある。

だけどNotes/Domino絡みで一緒に仕事をしていて、この人(会社)とは二度と一緒に仕事をしたくないな、と思う人に出会ったことがないのだ。
不思議とかつて仕事をした仲間はどこかでつながっていて、お互いに助け合っている。
そんなこのプロダクトに集まる人がもう一つの魅力なのだと思う。

こんなことを書くと青いと言われそうですがやっぱり気持ちよく仕事がしたいという気持ちは誰にでもありますよね。
だから、私はここに留まるのでしょう。

Notes/Domino以外のプロダクトを扱うことも最近は増えました。
特に同じような機能があるソフトもたくさんあって、適切な機能を提案してほしいと言われて製品選択に悩んだりします。
なんとか、決めようと、お客様のニーズに合わせて星取表を作ったりしても優劣がつかない時もあります。
そんな時、私は判断の基準にしていることがあります。

その製品の営業が、そして技術者がどのくらいその製品を愛しているかという点です。
その人々は製品のよいところも、悪いところも知りつくして、どのように使うべきか、どのように使ってはいけないかをきちんと理解したうえで惚れ込んでいたりするのです。
その選択でまだ失敗したことがありません。

製品の機能、優劣、先進性は製品を選択する基準の一つなのでしょう。
ただ私はその中にその製品を扱う人というファクターが必要だと思います。

たまたま私は恵まれていただけなのかもしれません。
それでも恵まれたという事実が私の中にあります。
それだけで十分かな、と思う私です。
posted by せりあ at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | MISC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

■専用クライアント

確かにNotesクライアントは専用クライアントかもしれない。
ただのPOPクライアントとしても使えるけれど、
そんなふうに使っている人はいないかもしれない(笑)。

だから、だめなんだよね、みたいに言われながらふと思う。
ExchangeにとってのOutlookクライアントだって、
MOSSにとってのOfficeだって、専用クライアントだと思うのは、
私だけなんだろうか?

なぜか普段使っているからという理由で専用クライアントという意識が薄れるのかしら?

感じるのはそれぞれだけれど、納得の行かない気分。
posted by せりあ at 19:53| Comment(2) | TrackBack(0) | Notes/Dominoな仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月08日

■何が私をここに留まらせるか

仕事が忙しくなったのと、体調が芳しくなくてしばらくご無沙汰でした。

師走という季節がら皆さんもばたばたと過ごされてるのではと思います。

11月に『Lotus夜Day』に参加してから、漠然と考えていたことをつらつらと書いてみようと思う。
私はR3と呼ばれる時代からNotesと仕事をしてきた。
今のバージョンしか知らない人々にとっては信じられないほど、機能はチープで不安定だった。
それでもレプリケーションなどの根幹をなす機能のコンセプトはすでに確立したものだった。
回線も細かったあの時代にはあのレプリケーションの概念は素晴らしい発想だと感じた。

新しい時代がやってきてそうしたNotesののコンセプトが古いと言われるようになった。
果たして古いことは悪いことなのだろうか。
この業界にあってこの言葉を投げかけるのは非常に勇気がいるが、その思いは最近の私の一つの命題であったりする。

例えば、アナログの時計はいったいどのくらい昔からあの姿だったのだろうか。
デジタル時計が出てもアナログ時計はなくならない。
そこには時計という機械が持つ洗練された機能美があると感じる。
あの構造、形状、バランスがすでに完成されているからだと思う。
そして完成された機能は百年単位で変わらずそこに存在する。
時計だけでなく世の中にはそんな素敵なツールたちがたくさんある。
そう完成されたものは変わるあえて新しくなる必要はないのだ。

そういう意味ではソフトウェアはまだまだ未完成なのだろう。
だからといって全てが時流に乗って新しくなる必要はない。
素晴らしいコンセプトであれば捨てる必要はないと思う。

ソフトウェアは進化する。
確かに便利になった側面もあるけれど、全てが必要な進化なのかと疑問を感じるのだ。

Notesには変わらないコンセプトがある。
そしてそれがちゃんと受け継がれている。
それが好きな人も嫌いな人もいるだろう。
流行りのものが素晴らしいと感じるひともいるだろう。
それは置かれてる立場にもよるし、様々な思惑もあるだろう。

ただ、それが私がここに留まる理由の一つのだろうと感じている。

そして、もう一つは、



……続く。
posted by せりあ at 08:54| Comment(5) | TrackBack(0) | MISC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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