2006年09月07日

■小休止-学習について

私は小さなころから何かを知るということに興味を持っていた。
勉強をする事が嫌いじゃなかったのだと思う。
学校の成績に反映しなかったのは、広くまんべんなく興味を持てなかったから。自分が興味を持ったことだけに力を注いだ結果、成績は極端なものだったのだ。

今、学習をする人々は幸せでもあり、不幸でもあるかと最近は感じるようになった。
インターネットの普及や検索エンジンのお陰で良くも悪くもすぐに知りたいことを知ることができてしまうから。
仕事で言えばこれは非常に効率的でありがたいこと。
でも学習にとっては発想が広がらなかったり、知識が点になる結果につながっているのではないかと感じている。

自分が学生だった頃、論文を書くために図書館で本を選び、本を読み、探している情報にたどり着く道のりは、今と違って障害だらけ。
読んでみたら内容が期待していたものでなかったり、借りたい本を手に入れるために図書館をはしごしたりした。
引用したいことがその本の一部でも、隅から隅まで読んだ。
一見、無駄に見える作業。
でもこのアプローチでは知りたいことの周辺の情報も含めて会得することができ、さらに疑問を持ったり、新しい事実に気づくきっかけになるのではと思う。
そういう学習の積み重ねが幅広く深い知識の源になっているのだと思う。


いわゆるIT業界はイノベーションのスピードが早い。
どうしても結果を早く出したいという気持ちもあるだろう。
だから点で知識を得ることを知らず知らずのうちに選択をしているような気がするのだ。
そしてその点に基づいて行動することがチェンジニアが増えた一因かもしれないと漠然と感じている。
やっぱりじっくり学ぶ時間というのは必要で、それはエンジニアにとって必須なのだろう。

あるものの本質をとらえ、理解し、知識をまとめて、仮説を立て、検証し、結果を元に新しい事実を自分のものにする。そんな学習方法を学ぶチャンスがない人々が増えたのかもしれない。

この年になってからの学習は記憶の低下を伴っていて、困難なのだけれどそれでも毎日、一つでも新しいことを知りたいという気持ちは今も持ち続けている。
学習することの難点は知識の幅を広げていくとどんどん自分が知らないことに気づき、また知りたいことが増えることくらい。
時間がどれだけあっても足らない気がしてしまう。
一日48時間くらいあったらいいのにと思ったりもする。
まだまだ私の好奇心がなくなることはないみたい。


今日はだいぶノーツの話から遠ざかりましたが、岩間さんの記事にinspireされて書いてみました。
posted by せりあ at 13:46| Comment(0) | TrackBack(0) | MISC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。