2007年08月09日

■ただより怖いものはない

WEBの世界では雨後の竹の子のように次から次へと新しいサービスが提供されている。
新しいものずきの私は基本的に気になるものは片っ端から使ってみることにしている。
そこにあるアイディアや思想がおもしろいなと思ってるから。
だけど、これらは基本的にフリーであり、永遠のβ版であり、稼働を保証されたものではない。
だから、たいてい使えるからラッキーという感覚で使う。
動かなくても、『まあ、いいか』と諦められる。
それ以上を最初から期待していないのだ。

じゃ、googleはどうなの?とつっこまれるかもしれない。
googleはたいてい動くことを期待できる。機能も満載だ。
でも、私はgoogleがフリーだと思っていない。
私たちは貨幣でコストを払っていないだけで、情報というとてつもない価値があるかもしれないものの代わりにサービスを使っているのだ。
それをフリーとは言わない。
ある種の物々交換だ。

そんな世の中なので顧客はエンタープライズのシステムだって、安くできるはずだと言う。WEBではただなのだから、と。
だったらただのWEBサービスを使えばいい。
システム構築の手間もなく今からだって利用できる。
なのに、なぜベンダーにシステム構築を依頼するのか、そこに彼らもちゃんと答えをもっているはずだ。

セキュリティだったり、サポートだったり、事業継続性だったり、何らかしらの不安を抱えているからこそ、それを使わないのだ。
そしてその顧客が求めているものにはコストがかかる。
googleはソフトウェアの販売というビジネスモデルを利用していないだけで広告収入でもうけ、システムや人材に莫大な投資をしているからこそ、レベルの高いサービスが提供できるのだ。

昔の人はいいことわざを残している。
『ただより怖いものはない』がまさに今のWEBサービスを表している表現だと思う。

そのサービスは本当にただですか。
貨幣よりももっと価値のある何かと交換しているだけではないですか?



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posted by せりあ at 08:46| Comment(2) | TrackBack(0) | Notes以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月04日

■若者

どうでもいいことなんだけど、やっぱりLotusDayに行ったら、若者が少ない感じがした。

いや、あくまで感じなんだけど。
posted by せりあ at 10:55| Comment(4) | TrackBack(0) | Notes以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月01日

■Webシステムがリプレースしやすいって本当ですか?

猫も杓子もWebシステムが扱いやすいとか、リプレースがしやすいという。

本当にそうですか?
なぜ、そう思うかの根拠を追いかけたことがありますか?

標準だと思っている仕組みは本当に同じものなのでしょうか?

大事なものを見極めたければ表出化された言葉を鵜呑みにするのは危険です。

本当に今のWebの技術は不変ですか?
そう信じられる根拠はなんでしょう?

私自身も考え続けています。
posted by せりあ at 08:59| Comment(2) | TrackBack(0) | Notes以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

■なぜ変えたいのか?

グループウェア戦争なのか、メール戦争なのかよく分からないけど、Notes/Domino対何か、という争いは今も盛んだ。

システムを変えたいというお客様も多い。
前にも少し書いたが、その傾向は某社の仕掛けによりさらに激化している気がする。

私は確かにdominoというソフトウェアを気に入ってる。
だから中立には立ちきれないと思いながらも、それでもいいたいことがある。

日本でIT投資の効果がでないケースではほとんどが製品をきちんと評価せず、雰囲気とか、空気とか、しがらみで、時には目の前に見える費用だけで判断するからだろうと思う。

システムによって何を実現したいかではなく、変えたいのだ。
それがどんなに無駄か考えたことがあるだろうか。

企業は究極は利潤を追求する必要があり、公共サービスは私たちの税金を適正につかう義務がある。
無駄遣いなんて許されないはずだ。

私はだからNotes/Dominoに変えろなんて言うつもりはない。
企業として、団体としてのバリューのために何を選択すべきかをもっと頭から汗をかくくらいに考えて決断すべきだという警鐘を投げかけたいだけだ。


もう一度、同じことを問いかけます。
そのシステムは誰のためのシステムですか?
求めるバリューはなんですか?
posted by せりあ at 08:50| Comment(3) | TrackBack(0) | Notes以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月05日

■ノーツへの道(2) 〜棘の道〜

インストラクター試験を受け、インストラクターになった。
試験勉強はつらかったけれど、なれてしまえば、それほど苦痛でもなくなっていた。
淡々とただ覚えればいいことばかりだったから。
試験に受かったときはそれがうれしくてはしゃいだけれど、本当の試練はそれからだった。

まさに棘の道だった。

そんな仕事を私にさせた会社もどうかと思うけれど、とある企業のSE向けノーツ講習会のインストラクターとして仕事をすることになったのだ。
ノーツどころか、インストラクターとしても初心者マークだった私には過酷な仕事だった。
そもそもIT系のスキルが圧倒的に低かった。
知ってるのはノーツとWindowsとちょっとNetwareがいじれるくらいだった。
それだけが私の世界のすべてだった。
だから質問攻めにあい、分からないことだらけで、満足した講習ができている実感がなかった。

泣きたくなったことも数え切れないくらいあったし、
実際に弱音を吐いたことも何度もあったけれど、そのとき、知り合ったインストラクター仲間が言ってくれた言葉があった。

「スキルがないのなら、一生懸命に勉強をして補足していけばいい。質問は持ち帰って納得がいくまで調べればいい。しゃべりがうまくなくても熱意があればちゃんと伝わるよ」と。

彼女の言葉はいろんな時に私を支えてくれた。
たぶん、彼女がいなかったら私は途中でインストラクターを続けることを諦めたかもしれない。
たとえ今、分からなくても、明日、ちゃんと説明できればいい。

そう思いながら、質問の言葉が分からないときは書籍を調べ、マシンを使って検証をしたり、資料を集め回ったり、ノーツを使っている人の話をたくさん聞こうとしてきた。
その中で私を助けてくれた別の立役者がいる。
それは受講をしてくれた人々だった。
私のつたない講習を受けて現場に出た人たちがいろんなことをフィードバックしてくれた。
テキストに載っているけれど、うまく動かない機能や、設定にコツがいる機能。
教室では知りえない大きな規模で使われるときの運用のコツや設計の勘所。
そうして私の知識は広がっていったのだと思う。

そのうち、ノーツというソフトが自分の一部のように感じるようになっていた。
そのソフトウェアを知っていくうちにその魅力に取り付かれてしまったのだと思う。
posted by せりあ at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | Notes以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月14日

■ノーツへの道(1) 〜ノーツって何?〜

それはある寒い師走の日に始まった。
「ノーツのインストラクターになってほしい」と上司に言われたことが、
すべての始まりだった。
私が勤めていた会社はIT教育をやっている会社だったけれど、
私はまったく違った仕事をしていたので、白羽の矢が当たるとは
まったく思っていなかった。
その時、「ところでノーツって何ですか?」といったようなことを
言ったんじゃないかと思う。

私のオフィスではファイルサーバとプリンタサーバがNetwareで動いていたし、
家のパソコンはMACだった。
そして通信といえばNiftyが主流で、Internetをようやく使い始め、、
低速モデムでNASAのサイトにアクセスし、わけも分からず動画をダウンロードして、
何万円という電話代を払ったのもこのころだった。
メール送ったから、なんて電話をしたりしてたことを思い出す。

何でもいいから「ノーツ」というものを理解しなければならなかった。
自宅でも勉強できるようにIBMのPCを買った。
その当時の私には相当高い買い物だったような気がする。
とりあえず、何が何だかさっぱり分からなかった。
次から次へと出てくる新しい言葉を覚えるだけで精一杯。
さっさと試験に受かれといわれてもまったく受かる気がしなかった。
ただリミットだけは先に決まっていて、
3月までにインストラクター資格を取れというものだったのだ。
冷静に考えるとなんと無謀な会社だったんだろうと思う。

講習を受けても、テキストを一生懸命に読んでも、
さっぱり意味なんて分からなかった。
どこかで、えらいことを引き受けちゃったな、と後悔もしたけれど、
先に進むしか選択肢はなかった。
もちろん負けず嫌いな性格がその方向に向かわせたのだけれど。

そんな私を最初に助けてくれたのは大学のゼミの後輩のSくんだった。
当時からSEだった彼は私に「ノーツ」とは何か?を教えてくれた。
そしてわざわざ一緒に秋葉原まで付き合ってくれて、
二人でノーツの本を探した。
もちろんまだまだマイナーだったノーツの本は本棚にたった一冊あっただけだった。

毎日、勉強した。
夜遅くまで起きていて、朝がつらくなってきたので、
コタツで眠る日が続いていた。
大学受験後、比較的、楽な仕事をしてきた私にとっては、
勉強らしい勉強は久しぶりだった。
試験勉強ってどうするんだっけと思い出すだけでも大仕事。
覚えることがあまりにも沢山ありすぎて、苦しいことばかりだった。

時間がないこともあって、その時、受けなければならなかった三科目の試験を
一度に受験に、見事に惨敗してしまったのだった。
その日はその結果とこれからのことを考えて、呆然となり、
電車を乗り間違えたりしたのを覚えている。

そのころの私はノーツのよさがどうとか、それ以前に、
何でもいいから試験に合格させてくれ、と切実に願っていた。

その後、二度目の受験でようやく認定資格を手に入れることができたのだ。
あの「Notes 3.x」で試験を受けたとき、いやらしい問題があったのを今でも
覚えている。
複数回答で回答数が不明だったり、複数回答が可能なのに回答はひとつだったり。
途中から完全に択一になったときはずるいな、という気持ちと、楽になったな、と
思う両方の気持ちで揺れていた。
posted by せりあ at 21:32| Comment(0) | TrackBack(0) | Notes以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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