2006年09月20日

■発想力

ノーツと直接は関係ないけど、ちょっと関係のあるお話。

システムを構築したり、アプリケーションを開発したりするのに、
欠かせない力は発想力だと私は思っている。
ピンチにアイデアを思いつくことはとっても大事で、
それは普段の経験からくるものもあれば、日常の中でいろんなことを考ることでその手助けになるのではないかと思っている。

■アイディアを出し合うということ

でMurakamiさんが書いているように、一見、くだらなそうな発想でも、
今の不便さを解消するためにこんなことがあったらいいよなぁという思いから出ているもので、どこかで役に立つのだと思う。
私も日常の中で、そういった面白そうなネタを探すのが好きだ。

ちなみに、今のところ、こんなのあったらいいなは3つくらいある。

■登録番号転送機能(携帯→固定電話)
■カメレオン修正液
■花の名前が知りたいとき

一つ目のやつはすでに特許が取られていたし、
ほかの二つはまだまだ実現方法がまったく、検討もつかないけれど、
そんなことを考えている時間はとっても楽しかったりもする。
こんな風に脳を活性化させることで普段の仕事にも発想力は生きてくるんじゃないかと思っている。
ただでさえ、ほんの少ししか使ってない脳みそ。
もっともっと使ってあげたいと思いませんか?

ちなみに私の脳内年齢は20代半ばです(笑)。
posted by せりあ at 01:18| Comment(0) | TrackBack(1) | MISC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月17日

■実装しない勇気

Notesのアプリケーションでトラブルを起こしたお客様のサポートに入って、
とてつもなくNotesらしくない設計思想や仕組みを見るとき、
必ず感じることがある。

「たったこれだけのための機能をなぜ諦めなかったのだろう」という疑問だ。
Notes/Dominoにかかわらず、ソフトウェアには必ず得手不得手がある。
最大限にそのソフトウェアの力を引き出したいと思うのであれば、
得意なところを上手く使いこなすのが得策である。

もちろんアプリケーション開発の過程で顧客要望をかなえたいという気持ちも理解できないわけではない。
でも、私たちはプロなのだから、ただ、希望をかなえるのではなく、
このシステムをいかに使いやすく、そして必要な機能だけを実装するように指南すべきであり、言いなりになってはいけないのだと思う。

昨今、お客様とSEの知識の垣根はWEBと検索という仕組みによって縮まった。
普通の人がちょっとした操作であることに詳しくなれる。
実際によく勉強している顧客もいて、「こうすれば、できるよね」といってくる人もいるし、「これくらいできないの?」といって技術者魂に火をつけるような人もいる。
それでも、敢えて、すべての要望を取り込まない「勇気」がエンジニアには必要だと思っている。
それが未来の可能性につながり、システムを安定運用させるという道に繋がると思うからだ。

もちろん仕様検討の際に顧客の要望をすべて飲めば、Projectも摩擦がなくて進めやすいかもしれない。
しかもソフトウェアの世界にはほとんど不可能という言葉がない。
パフォーマンスや操作性を犠牲にし、費用と時間さえかければ何でも実現できてしまうだろう。

でも、本当にそれが正しい答えなのか、結論を出す前にもう一度、振り返って欲しいと思う。

その機能の有効性、コストパフォーマンス、全体最適を考えて目的に合ったソリューションを提案すべきだといつも私は思っている。
もちろん間違っても列の式に@Todayなんて使わせないし(笑)、むやみにフィールドに計算結果の属性をつけることも薦めない。
それはすべて快適にシステムを利用して欲しいと思うアプローチだ。
そして、それを諦めてはいけないのだと思う。

結果的にトラブルになると分かっていて、要望を飲んだとしても、
いつかその事実は顧客にも明らかになる。
いつまでも騙し続けることはできないのだ。
だからこそ、時にはひとつの機能を諦め、全体として使いやすい仕組みを作ることが必要だと顧客にも理解してもらわなければならないのだと思っている。

顧客要望は受けるよりも断る方が圧倒的に難しい。

みなさんはそれを実装しない勇気をもっていますか?
posted by せりあ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Notes/Dominoな仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月16日

■知恵熱が出た

9月14日木曜日、新橋某所でものすごく豪華なメンバーとお食事をした。

Notes/DominoのブロガーでもあるO氏、M氏と私の憧れのS氏という面子。
(まったく伏字になっていないけれど、まあ、それは愛嬌ということで)
そんなすごいメンバーがゆえに前日の私はまるで遠足前日の子供のようになかなか眠れなかった。そう、どんな展開になるかも想像できなかった。

メインの話題は「Hannover」についてだったような気もするけれど、
いつの間にか、話題はあっちに言ったり、こっちに行ったり。
久々に脳みそが強い刺激を受けて活性化し始めた。
それぞれの方の貴重な体験談や物の見方に触れることで、
私の中にある何かかが動き出して、普段は眠っているアイディアや言葉が
次から次へとあふれ出す。

おかげで翌日は知恵熱が出た(笑)。
整理できないほどの情報に埋もれて私のささやかな脳みそが悲鳴をあげたのだろう。

一日休んで、今日はヨガですっきりしてきたら、
書きたいことがいっぱいになっている自分がここにいた。

Notes/Dominoの話から多少、脱線するかもしれないけれど、
少しアウトプットしてみようかと思いますので、お付き合いください。

ネットのコラボもいいのだけれど、生身の人間同士のコミュニケーションはやっぱり何かが違うんだね。
posted by せりあ at 22:44| Comment(4) | TrackBack(1) | 仲間たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月12日

■Google恐るべし

エンタープライズサーチカンファレンスに行った。
いろいろ感銘を受けたことはあるのだけれど、ショックなことを一つ。
Googleでこんなことができるとは。

Google1.JPG

なぜ、ショックだったかって?
こんなふざけたことができるのはNotesだけだと思ってたから。
しかも敵は上手だった。

Google2.JPG


え?知らなかったのは私だけ?
負けるな「SF9プロジェクト」と心の中でつぶやいてしまいました。>茶坊主くん
posted by せりあ at 18:23| Comment(3) | TrackBack(0) | MISC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月08日

■先入観

先入観はなるべく持たないようにしようと思っているが、時々、知らず知らずのうちに先入観に支配されていることがある。

私にとってのそれは『ワークスペース』。
どうしてもずっとその文化に浸かって来たので『Welcomeページ』を使おうという気持ちにならなかった。

お客様にポータルをやりたいと言われ、紹介のために少しいじり倒していた。
あれ、もしかしてちょっと便利かも。
え〜、こんなことできるの。
だったらこんなのできるかな、と面白くなりだした。
いわゆるハマったってやつ。

先入観はよくないね、というお話し。
でもついつい定食屋でいつものメニューを頼むように、なじんだ習性を変えるのは難しい。

新しいメニューはとっても刺激的。
posted by せりあ at 08:39| Comment(2) | TrackBack(0) | MISC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月07日

■小休止-学習について

私は小さなころから何かを知るということに興味を持っていた。
勉強をする事が嫌いじゃなかったのだと思う。
学校の成績に反映しなかったのは、広くまんべんなく興味を持てなかったから。自分が興味を持ったことだけに力を注いだ結果、成績は極端なものだったのだ。

今、学習をする人々は幸せでもあり、不幸でもあるかと最近は感じるようになった。
インターネットの普及や検索エンジンのお陰で良くも悪くもすぐに知りたいことを知ることができてしまうから。
仕事で言えばこれは非常に効率的でありがたいこと。
でも学習にとっては発想が広がらなかったり、知識が点になる結果につながっているのではないかと感じている。

自分が学生だった頃、論文を書くために図書館で本を選び、本を読み、探している情報にたどり着く道のりは、今と違って障害だらけ。
読んでみたら内容が期待していたものでなかったり、借りたい本を手に入れるために図書館をはしごしたりした。
引用したいことがその本の一部でも、隅から隅まで読んだ。
一見、無駄に見える作業。
でもこのアプローチでは知りたいことの周辺の情報も含めて会得することができ、さらに疑問を持ったり、新しい事実に気づくきっかけになるのではと思う。
そういう学習の積み重ねが幅広く深い知識の源になっているのだと思う。


いわゆるIT業界はイノベーションのスピードが早い。
どうしても結果を早く出したいという気持ちもあるだろう。
だから点で知識を得ることを知らず知らずのうちに選択をしているような気がするのだ。
そしてその点に基づいて行動することがチェンジニアが増えた一因かもしれないと漠然と感じている。
やっぱりじっくり学ぶ時間というのは必要で、それはエンジニアにとって必須なのだろう。

あるものの本質をとらえ、理解し、知識をまとめて、仮説を立て、検証し、結果を元に新しい事実を自分のものにする。そんな学習方法を学ぶチャンスがない人々が増えたのかもしれない。

この年になってからの学習は記憶の低下を伴っていて、困難なのだけれどそれでも毎日、一つでも新しいことを知りたいという気持ちは今も持ち続けている。
学習することの難点は知識の幅を広げていくとどんどん自分が知らないことに気づき、また知りたいことが増えることくらい。
時間がどれだけあっても足らない気がしてしまう。
一日48時間くらいあったらいいのにと思ったりもする。
まだまだ私の好奇心がなくなることはないみたい。


今日はだいぶノーツの話から遠ざかりましたが、岩間さんの記事にinspireされて書いてみました。
posted by せりあ at 13:46| Comment(0) | TrackBack(0) | MISC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月05日

■Notes/Dominoを学ばない訳

教育のテーマでもう一つ書いてみようと思う。

新しい技術を身につけようとした時にNotes/Dominoを選択することはまずないのだろう。
やはりNotes/Dominoに関する将来性を不安に思うエンジニアがそれを選択しないからだと思う。
これは如何ともしがたい理由だ。
なかなか相手を説得するのも難しい。
そして、もう一つの理由は壁が高い(覚えることが多い)、または異質なソフトウェアだと感じるからだろう。

私自身もノーツばりばりのエンジニアでいたころ、よく、「どうせノーツしかわからないんでしょ」とよく言われた。
それはある意味、侮蔑の意味を含んでいたのだと思う。

Dominoサーバは当然OSの上で稼働するし、標準的なInternetプロトコルをサポートしているし、データベースとの直接的なやりとりもできる。それを自由に使いこなすためには当然、その機能のベースを理解していなければならない。
そして開発に目を向けても、@関数、LotusScript、HTML、Java、JavaScriptとさまざまな言語で機能を作り込むことができる。
@関数の特殊性をのぞけばLotusScriptなんてVBそっくりだし、もともとの開発者はそれほど抵抗なく入っていけるだろう。
捉え方によってはNotes/Dominoのスキルがあるということはある意味幅広い知識をもっていることなのではないか?

確かに幅広い知識が必要ではあるが、Notes/Dominoのそれぞれの機能を部分として考え、業界標準に準拠した機能(インターネット、JAVAなど)をそぎ落として考えると、学ばなければならないNotes/Domino独自の部分というのは非常に少ないのではないかと私は感じている。

そしてそのノーツ独自の部分がWindowsとも似ていない、WWWシステムとも似ていない部分があり、理解を妨げているのかもしれない。
そして、知らないがゆえに相手が大きく見えてしまう現象なのではないかとも捉えることができる。

かつて私が教えた受講生たちもそういう潜入感をもってしまい、大変なんだと思い込んでいる人々もいた。「とても難しい」と思っても、実際に勉強する対象を分析して詳細を知るとたいしたことないケースがある。
知らないということは難しさの度合いも判定できないからだ。


このように角度を変えてみれば、この難解なソフトウェアも少しは簡単に思えてこないかな?
見えてきた人はぜひNotes/Dominoにも挑戦してみてください。

私はノーツがよちよち歩きのころから接してきたので、たぶん、分かりにくさの度合いに鈍感なのかもしれない。
つきあいが長くなれば多少、言葉少なくても理解できる人間関係のように。

もし、みなさんがNotes/Dominoのこんなところが分かりにくいと思っているのであれば、ぜひ、ご意見を聞かせてください。
近すぎるものって見えにくいので。
posted by せりあ at 19:11| Comment(7) | TrackBack(0) | MISC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月04日

■教育を受けることの意味

自分がインストラクターだったから、というわけではないのだけれど、
そして、決して、どこかの会社の回し者、というわけでもないのだけれど(笑)、
教育を受けることの意味はちゃんとあると思う。

独学で現場に出た人と、体系だって学んできた人の違いは、
入り口の広さだと私は思っている。

どうしても現場で必要に応じてスキルを磨いてきた人は、その必要に応じてスキルを追加していくような形になる。時にそれは視野の狭さにつながることがあり、どうしても自分が経験してきた機能の中で対応しようと考えてしまう傾向がでてしまう。
逆にトラブル時の現場対応能力はたいてい現場でスキルを磨いてきたエンジニアの方が優れていることが多い。

最近でもエンジニアに「こんなことできないかな?」と聞かれて、
「こんな関数あったでしょ」と答えたりすることがある。
たいていは私よりノーツに詳しいはずの現場のSEだ。
「なんでそんなマイナーな関数をしってるんですか?」という反応が返ってくる。
それは満遍なく機能を見てきたせいなのかもしれないし、
私がノーツな人だからかもしれない(笑)。

教育の受講に関しては費用の問題を筆頭に、現場を離れられないなどの問題があることは承知しているが、少し現場で苦労した上で、教育を受けるというのが一番身につくのではないかと思う。
うまく行かないジレンマを知っているからこそ、どうやったらいいのか、と積極的に講師に質問したりもできるし、普段ならおっかなびっくり触っているシステムを再起動しほうだいだったりする。
私自身もそういう受講生が来たときが楽しくて話のしがいがあったな、ということを思い出す。

学問にはたいてい各論と総論がある。
現場では各論を磨き、教育で総論を理解する、というのが全体的なスキルを取得するのにいい流れなのだと私は信じている。

ただ、最近はNotes/Dominoの教育を受けることが教育機関が減っているので難しくなっているし、いいインストラクターと出会えるか、という点も運試しみたいなものだったりもするので、効果はそれ次第、という側面もあったりする。

物事を点でなく、線や全体像でみると新しく見えてくるものもある。
posted by せりあ at 18:20| Comment(6) | TrackBack(0) | MISC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月01日

■使いやすいアプリケーション

社内の業務システムのほとんどがWebアプリケーションになっている。
確かにPCにソフトを入れる必要はないから、クライアントモジュールのバージョンアップに煩わされることはない。
開発側の都合でIEを強制的に使わせられることに辟易するくらいで(笑)。

だけど時々、これって使いやすいんだろうかとジレンマに陥ることがある。
最近は進化してきたとはいえ、やはり操作性は圧倒的に悪い。
表現できる範囲が狭いのと、セッションが切られる(一定の時間がたつとセッションを切る仕組みにしているアプリがほとんどだよね)。
何かを入力している時に電話を受けて、スタッフの質問を受けて、トイレに行ってきたりなんかするとたいていはセッションが切れる。
保存しておけばいいのかもしれないけどバタバタしてるときには忘れるのが常。
WWWメールもいろいろなアカウントを持って使っているけど、どこでも使える便利さを除けば、それほど使い勝手がいいとは言えない気がする。

よくノーツが使いづらいという話を聞くけれど、私にしてみるとブラウザベースのアプリよりよっぽどましだと思うのだけど、使い方がWindowsライクでないのが致命的なんだろな。


開発者が検索の機能を意識しなくても簡単にビューの検索や全文検索ができる、みたいにノーツクライアントだから提供される便利な機能を捨てがたいと思ってしまう私はやっぱり『ノーツな人』なんだろうと思う(笑)。

次のhanoverに期待してるのはノーツクライアントのよさを残してリッチクライアントのよさも引き出すこと。
業務でアプリケーションを使う人の本音は『直感的に操作できること』と『仕事の流れをとめないこと』、そして『同じデータを何度も入力させないこと』みたいな現実的なもので見かけの派手さではない。
そんな気持ちをくんでくれて、使いやすいものになるといいのに。

話がまとまらなくなったけど、目的地に着きそうなのでこの辺で。
posted by せりあ at 09:25| Comment(0) | TrackBack(1) | MISC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月31日

■伝わらない

昨日のある管理職との会話。

『そういえば、ノーツってなくなるんだって』
「え?何の話ですか」
『ほら、何とかって製品に統合されてなくなるんでしょ』
「いえ、あの、それは逆ですよ」
『そうなの?おかしいなぁ』

といういとも不思議なもの。
多分、私の勤めている会社はNotes/Dominoのライセンスを売りまくっている会社のはず。
管理職ですらこの認識では現場はさらにひどいだろ。

どうしてもノーツを使いまくれなんていうつもりはないけど、
こんな噂チックな話は出回るのが早いし、こういう会話が客先でも繰り広げられることは容易に想像できる。

なぜ、情報はこんな風に歪んで伝わるのだろう。
もちろん正しいソースから情報が伝わらないことや、バイアスのかかった受け取り方や伝え方をするからだろう。
それはメーカーとしては致命的な情報伝達になってしまう。
たまたま今回のケースは私が知っている範囲の情報でフォローができたけれど、その確率の方が低そうだ。

製品のアピール力が足らないのではないかと感じるこの頃。
ま、製品戦略もここ数年行ったり来たりしていたせいなのかもしれない。
つい最近まで私の顧客も管理職と同じことを言ってたのも事実。
価格とか、技術とか、サポート以前に製品そのものが不安になるようでは困るよね。
小さい会社の製品なら仕方ないけど。

これからのアピールに期待します。
posted by せりあ at 08:22| Comment(4) | TrackBack(0) | MISC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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